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つたえよう 

昔の子どもたちから未来の大人たちへ

あじ島冒険楽校

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網地島は約400人が住む限界集落です。何もしなければ,十数年後には無人島になります。島の昔の遊びである,網地島だけの魚釣り「あなご抜き」等を島外の子どもたちの記憶に残そうと活動を続けています。

網地島の人たちの記憶を伝えるため、毎年、島外の子どもたちを募集して、「あじ島冒険楽校」を開校しています。先生は島の高齢者。クジラをはじめとする島の料理や、網地島だけの魚釣りであるあなご抜き、ナイフと竹を使った竹鉄砲や竹とんぼづくり等の、網地島の昔の遊びを伝えています。子どもたちが素直な気持ちで高齢者に接してくれるところが、あじ島冒険楽校の良いところです。

網地島は仙台から船と車で3時間以上かかる、交通の不便な島です。かつては遠洋漁業や捕鯨で栄え、人口は3000人以上でした。大型船で数ヶ月働き、休漁時には島で家族とのんびり過ごすという生活スタイルでしたが、それらが廃れてしまったことで生活ができなくなり、多くの方が島を出て行きました。2011年の東日本大震災の直後には定期船が止まり、約100名の方が、やむを得ず島を出て行きました。今は、人口約400人で高齢化率8割。漁業と年金で細々と暮らす高齢者がほとんどです。何もしなければ、十数年後には無人となる可能性があります。

“限界集落”となった網地島の高齢者は、島の将来に対して悲観的な考えしか持っていませんでした。何の価値もないと思っていた島の遊びに、子どもたちが喜々として取り組んでくれた姿に驚くとともに、その価値が認められたことで、島の誇りを取り戻していきました。子どもたちの笑顔が、島の高齢者を元気にしてくれています。

東日本大震災の時には、網地島は大量のガレキで覆われました。あまりにも膨大な量のガレキに、島の高齢者は、もう子どもたちを島に呼べないと思いました。しかし、すぐに、子どもたちから100通を超える励ましの手紙が届きました。網地島の高齢者は奮起し、ガレキの片付けを始めました。海を漂うガレキは、何度も浜辺に打ち上げられましたが、何度も片付けて、翌年の夏には、裸足で入れる安全な海を取り戻しました。きれいになった海には、被災地の子どもたちを積極的に受け入れています。東日本大震災は子どもたちに、海は怖いものだという記憶を残しましたが、海は楽しいものだと分かってもらえればと思っています。